よっくんうちゅうのたび

一人息子の“よっくん”(6歳)は高機能自閉症と注意欠陥多動性障害を抱えています。

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私が尊敬する重度の自閉症者である、東田直樹さんの活躍の場が広がっています。

出版された著書も多くありますし、全国各地での講演会も精力的に出向かれています。

英国でも東田さんの著書を翻訳したものが出版されたり、BBCラジオでも取り上げられるなど注目を集めています。

そんな東田さんのことが、ますます広く知られるようになっていくことを今後も願うばかりです。

朝日新聞デジタル版→こちらもご覧下さい。


私は東田さんのことを知ってから自閉症というものがどういうものなのか、その真実を少し知ることができました。

勿論、そのことで全ての自閉症者のことを理解したわけではありませんし、同じ自閉症でも人それぞれに違います。

我が子の事でさえもまだ全てを理解したわけではありませんが、見えない心の中・内面を知るひとつの手がかりとなったことは確かです。


よっくんと同じ療育を受けている子の中に、知能検査も受けるのが難しいと思われる子が居ます。

その子は耳や目からの情報量が多くなり、多動傾向があります。(そこはよっくんも同じです。)

実際その子の行動を制御するのは、大変な状況があります。

また、私なりの分析ではありますが・・・

言葉は遅れがあっても、自分が必要な言葉の獲得は確実にできています。

行動も同じです。

彼が生きていく上で必要と思われる“食べる・寝る・ゲームをする”などその他も含め、それらの行動はしっかり身に付いています。

獲得している=強化されている

人を育てるということは、いかにして行動を強化していくかということです。(行動分析学の教えです)

お母さんは子どもを連れ出すのにいつもヘトヘトになっています。

今どころか、そこ子の将来さえ明るい希望の光を見出していないのではないかと思います。

でも私は東田直樹さんのことや行動分析学を知っているので、その子にも明るい未来を導くことはできると思っています。

もちろんそれは一般的な形とは違うかもしれません。


彼らの抱えている苦悩が少しでも減るように、世の中に伝わってほしいことはたくさんあります。




そして親としてすべきことは、深い愛情で包んであげること。
できる限りの努力をすることです。





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日本国憲法の全文が記してある本を手にする機会がありまして・・・

初めて全文を読みました。
(解説も含め、読むのがそんなに大変なわけでもありません)

長い歴史と人々の犠牲の上に成り立つこの国の平和は、憲法によって守られてきたんだと言うのは全文を読めば良く分かります。

“前文”だけを読んでも、この国の先祖が導きだした教えは受け継いでいかなければならないと感じます。

以下、日本国憲法前文↓

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力 は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。


そして、憲法締めくくりの第10章はこうです。(11章までありますけどね・・・)

第十章 最高法規

第九十七条〔基本的人権の本質〕
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。



護憲VS改憲・・・とにかく今、世の中は微妙な流れを受けています。

平和の為に本当に必要なことって何なんでしょうか、


私ができることと言えば、よっくんに十分なコミュニケーション能力を身につけさせることです。

“あなたの手や足は、人を傷つけるためにあるのではない”

そうやって、大切に我が子を育てることです。


この世に生まれてこなければいい命なんてありません。


例えば、生まれてきた子に身体機能の疾患・重度の障害があっても

ありのままを受け入れていける環境を作ればいいだけのこと。

改善できることがあれば、保護者や周囲が努力していくだけのことです。


生まれながらのものに対して悲観する必要はないと思います。

その人がその人らしく、その人の感覚で幸せに生きていけるのが一番です。


つまり、よっくんが今の時点で
何か努力をして変わらなければいけないのかと言ったらそうではなく・・・

努力しなければならないのは、親である私達であり、
子どもを守るべき立場の大人の役目であると言うことです。

よっくんが発達障がいを抱えていることを悲観するのは、よっくん自身を否定することになります。

わが子に自閉症があっても多動があっても、良い環境をつくり改善できることはしつつ
でもありのままのわが子の持つ感覚をよっくんらしさを失わずに生きていけることが一番です。


“普通の人”が多い世の中ではありますが、
お互いを傷つけることなく共存していく必要があります。

誰も傷つかない、誰も排除されることのない世の中です。


よっくんが発達障がいを抱えていることは何も恥ずかしいことではありません。

主人が網膜色素変性症の難病を抱えていることも何も恥ずかしいことではありません。

私はコンプレックスも多くあります、でもそんなことは気にしません。

また、自己主張の強い人間です・・・(笑)

そのことで誰かを傷つけてしまったことが分かれば素直に謝ります。


皆が、より良く生きていける為の努力をお互いにしていきながら

共存していけるすばらしい世の中になるように・・・そう願っている人は多くいるものです。



日ごろ多く交流させていただいているブロがーのみなさん、
素晴らしい思いをもっている方々ばかりです。

いつも励まされています!どうもありがとうございます!!





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三つ葉のクローバーの中で、四つ葉を見つけると幸せになるそうですね。

人間は植物達との長い歴史の中で、一種類の植物の中で少しだけ遺伝子の配列が変わり、(例えば)花が大きくなったり色鮮やかになったりしたモノを見つけると、その種を育て交配して大きい花が咲く別の種類や色鮮やかな種類を生み出しますよね。

だから、花や野菜といった人が関わった植物はとても種類が多いですし、同じように、人間が関わった家畜やペットも、其の種類はかなり多い。

元来同じような集団の中で僅かな違いのあるモノを大切にしたからこそ今日の多様性を生み出している一方で、他方では僅かな差を排除した結果の戦争や虐殺…。

人間は、人間以外の動植物の僅かな違いを大切にして来たのに、人間同士の些細な違い(≒肌の色、容姿、思想など)については、実に許容範囲が狭い。

人間の差別的発想の根源って、何処から生じているのでしょう?
僅かな違いを認めた方が、より豊かで多様性に満ちた社会になるのにね(苦笑)。



『再起、道中』やしまさんから頂いたコメントをここに掲載しました。
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先日の記事に寄せて頂いたコメントでいろんな方の考えを教えて頂きました。
(ぜひ読んでみて下さい。)

実は先日の記事を載せるのには少し躊躇した部分があります。

不特定多数の方に私の言いたいことが少しでも伝わるだろうかと・・・


でも、世の中を少しでも知ることはより良く生きていくことだと常々考えている私にとって

やしまさんからのコメントは特に考えさせられました。


排除が生み出すもの、世の中どうしてこんなにも人と人が争い・傷つけ合うんだろうかと・・・

その出来事をまるっきり否定したくなるようなことが家族単位・地域単位や世界単位で起こります。


自分と違うものを排除してきた中で得てきた生きる誇りのようなものはあるんでしょうか・・・

排除すべきための争いは、動物が生きていくための手段であって、人間はそんなことをしなければ生きていくことができないのか?不必要な争いに問うてみたくなりますね。


見つけられるはずの幸せが、この世の中にはきっとたくさん埋もれているのでしょう。。。

やしまさん、どうもありがとうございました♪




少しリフレッシュしてきました、また一週間頑張ります!


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僕は、いいお母さんになる修業は、いらないと思います。

それは、子供が親の前で、特別いい子になる必要がないのと同じだからです。

もちろん、みんな社会の中ではルールを守ったり、きちんと行動したりするべきです。

僕は、家族はありのままでいいと思います。

いいお母さんだから、子供は親が好きなのではありません。

自分への無償の愛を感じるから、子供も親を愛しているのだと思います。



・・・常々、肩に力が入っている私です。

東田直樹さんのブログでこんな返信コメントを頂きました。(名言ですね)

子どもの立場であった頃、私は母親の気持ちの事など考えたことがあっただろうか・・・

なんとも優しい息子さんとしての親への考え方です。

お母さんみんなに届けてあげたい言葉だなと深々感じましたのでこちらへ掲載させて頂きます。



それでも私はやっぱりよっくんにとっていいお母さんでありたいなとも思います。

人として母として大きくなっていきたいなと思います


都合により3日程パソコンお休みします
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