よっくんうちゅうのたび

一人息子の“よっくん”(6歳)は高機能自閉症と注意欠陥多動性障害を抱えています。

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ラフォーレミュージアム原宿で開催されている“尾崎豊特別展”に行ってきました。

やはり、いつまで経っても“尾崎豊”には思い入れがあります。

思い入れが深すぎて、文章化するのに時間が掛かりました・・・


尾崎豊さんが亡くなったのは今から20年前、私が中学に入学したての春のことでした。

それまで“卒業”や“Iloveyou”の曲をなんとなく知っていた程度ですが、

彼の亡くなった当日に、地元テレビチャンネルのニューステロップが速報で流れたのを今でも鮮明に覚えています。

ほとんど知らない人の“死”に受けた衝撃の大きさは今でも忘れることが出来ません。


あれから私は“尾崎豊”の音楽・人間像を追いかけています。

私とは違う感性の持ち主であろうことは明らかです、なぜにこんなにまで尾崎豊に夢中になったのだろうかと・・・それから始まる私の青春は、尾崎豊の音楽が骨の髄まで染み込むほど聴き、詩集や写真集・多くの映像に触れてきました。


亡くなられた尾崎さんは26歳、現在私は32歳、これから私が様々な経験や努力でどんなに人生を重ねても近づくことさえできない偉大さがあります。


今回、特別展では実際に愛用していた品々や作品がありました。

幼少の頃から愛用していた勉強机の本棚には見たこともない難しそうな生物やら絵画などの本が多数見受けられました。(手に取ることはできませんので・・・)

また、作品の中で特に目を引いたのが、尾崎さんが自身で描かれた絵です。

どんな感性で生きていたらこんな絵がかけるのかな~と改めて感じました。

何とも言えない独特の絵に色々な色彩が使われているのですが、決してカラフルと言った言葉で表現されるものではなく、どこか冷たい空気に包まれているような緊張感がありました。

カリスマとして多くの人々が愛した彼の言葉・音楽で感じ取れるものとはまた違います。


ただ誠実に、彼なりの感性で生きてきた故の苦悩が色々とあっただろうと察するのは、今となっては難しいことではありません。

そんな孤独や苦悩があったからこそ生まれる作品・芸術が多数あるのだと分かります。


尾崎豊さんを見ていると生きることの難しさを感じます。

実に不器用な生き方であったかも知れませんが、尾崎豊は今も多くの人に愛されています。

しかしながら、彼の人生が幸せなものであったかどうかはわかりません。


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この写真は一生の宝物です☆ 嬉涙




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